ダブルっち。

小6~高3まで、親の近距離別居型生活に巻き込まれたダブルっち君(4月29日で19♡)も、晴れておかげさまで、広島での下宿生活を満喫中です!f^_^;)笑

Σ(´ω` )実母とワタシの往復書簡⑧ヽ( ´ω`)人(´ω` )ノと、ハーベスト・ムーン(後編)?笑



10月27日 (金)


(=゜w゜=p{母よりワタシへ}q=*δ_δ=)


台風の影響で大雨の日が続きましたが、被害に会われませんでしたか。
それに、気温の低い日も重なりました。体調は大丈夫でしたか。
 風邪等引かないように気をつけて下さい。


 ところで、この所 貴女のお姉さんは、
腰痛から…最近では、めまい外来へ通院しています。
 仕事も欠勤していますが、めまいはつらいですよね。
 早くさっぱりと治癒して欲しいですね。気の毒に思います。


 今月も送金有り難う御座いました。
 又台風22号が発生したようです。


では又、お元気で♪





11月3日(金)


(=*δ_δ=p{ワタシより母へ}q=゜w゜=)


ご無沙汰しています。
ご丁寧な御礼のメールを どうもありがとうございました。
その後、お変わりはありませんか?


 今日は、ワタシは、
大阪府堺市の「秋季堺文化財特別公開」の企画にまんまと乗せられて?
鉄砲鍛冶屋敷を見て参りました。


(3日のみ/無料公開)


※他には、妙國寺、南宗寺、大安寺を有料公開。開口神社、高林家住宅(5日のみ)、百舌鳥八幡宮〈初公開〉を無料公開など。

 鉄砲鍛冶屋敷は、名古屋の祖父母(母方)の実家(下駄職人さんの家です)と、入口付近の間取りがとってもよく似ておりました

※ご参考までに。
🌸飴職人から下駄職人に転身したお祖父ちゃんと、小学校へは行っていないけれど「主婦の知恵で繁盛した下駄屋さん」として取材を受けたお祖母ちゃんのこと



ただ、 鉄砲職人さんの家は、屋根に煙を逃がす通風孔が開いており、が付いておりました。

また、奥行きは名古屋の家よりずっと狭く、間にお庭を置いて、
「清学院」という寺子屋と 斜め背中合わせになっていました。




話しは変わりますが
 練馬区石神井台のふるさと文化館・分室(練馬区ゆかりの文化人に関する展示室)では、ただ今【2017.10.21(土)~ 2018.02.03(土)/分室企画展「作家の手紙」(無料)】をやっているそうですね!

ただ、徒歩で行ける距離ではないため、ワタシの性分では、食指が伸びず、
申し訳ないかぎりです…(°´ω`°)


それでは
 おくつろぎのところ、どうもおさわがせいたしました。
 今宵もよい夜をおすごしくださいね(*´ω`*)✧



追伸)写真は 鉄砲鍛冶屋敷からの徒歩での帰り道で 発見した道標 などです。





(=゜w゜=p{母よりワタシへ}q=*δ_δ=)


メール有り難う♪お元気そうで安心しました。
 今日は、暖かい1日で、汗ばむ位でした。



 鉄砲鍛冶の歴史はどうなのでしょうか。

信長が、長篠合戦の折、日本で初めて足軽鉄砲隊を本格的に合戦に利用した、とありましたが、関係あるのかな?
 私は歴史に疎いです。ご免なさい。


 石神井ふるさと文化館分室の件ですが、建設されてより、未だに足を運んでいません。

そんなに遠くではありませんが…、10年位前でしたら、その近くまで散歩しましたが、今は距離的に…と遠慮しています。

でも、まだ元気ですよ。ご安心あれ。


 帰り道、雲がいたずらしながらも、丸い月と歩いて帰宅しました。幸せです。

今年は、3の酉まであります。6:18:30日です
(※東京・浅草の鷲神社の「酉の市」が、今年は3回あり、一の酉が11月6日/月、二の酉が11月18日/土、三の酉が11月30日/木 にあります。)


では又、お元気で♪ 楽しい話題有り難う♪



写真は、東京の2017年11月3日18時の十五夜の月です。タイムラインよりお借りしました。ありがとうございました(*´ω`人´ω`*)








Σ(´ω` )チッチとハハっちとバッチャンの往復メール⑫ヽ( ´ω`)人(´ω` )ノと、ばあちゃんに高齢者等避難開始発令?(後編)笑





10月23日(月)


(゚Д^* pチッチq) 皆様、ご苦労様です。


昨日はご苦労様。そちらは台風の影響なかった?
総会と選挙の後は、風呂に入って、
冷蔵庫にあるもので、親子丼と餃子作って食べて、
7時に寝ました朝まで12時間。


今週は、木曜日が朝から保育園の検診、11時頃に家に戻ります。
夜は友人Iと千成寿司。
土曜日は18時から友人Nらと飯。




(*δ_δpハッハq) 


おかあさんへ
今、ネットのニュースで見て
避難勧告が 全域で解除されたのを知りましたよ!
帰っても いろいろやることがあって おせわしいことでしょうね(´ω`°)
お風呂でよくあたたまって 今夜はぐっすりと休まれてくださいね丶(*´ω`*)ノ
ほんとによかったです✧




( 。´_ゝ`pバッチャq)  みんな、ごくろうさん。

ごめん心配だけかけて
何の連絡もしなく
のんきな ばあちゃん



何の被害もなく
みんなにあえて楽しい時間を過ごしてマア良かったかな
 
12時に帰って風呂に入りねました

◇◇(※息子氏の名)メールくれたよ
やっぱり 誰の連絡よりうれしい  
今からごはん食べるわ ありがとう





(*δ_δpハッハq) 


>何の連絡もしなく
おお、そのことは 全然 気にしておりませんでしたよ~ヽ(´ω`)ノ


 孫は 未来
 子は  宝


でありますね~丶(*´ω`*)ノ


今度、観心寺へご一緒するときに、そのへんのことも含めて 
また、ごゆっくりとお話ししましょうね(*´ω`*)
愚痴をはきだすことも たまには 大事ですね(*´ω`*)




10月24日(火)


(゚Д^* pチッチq)
昨日は、キムチ鍋


昨日の昼にばあちゃんに電話しました。
ダブルっち君からメールあったのがうれしかったと。


観心寺に誘ってもらったが、歩くのはしんどいので行かれないと。
難波に出る方がいいと。


小学校に車で避難したが、夜中の12時に戻ってきて、風呂に入って寝たと、


言っていました。




(*δ_δpハッハq) オツカレサマデス。


おかあさんへ
観心寺に誘ってもらったが…行かれないと。


了解ですよ~
また ちょくちょくお誘いしますので どうかお気になさらないでね~丶(*´ω`*)ノ


話はとつぜん変わりますが
今日、ワタシは (←斎場の脇に立っている「浄土寺三味略縁起」と題する「墓地由緒石碑」です。行基さんのお墓は、墓地の北入口から入って、墓道の中ほどに立つ 無名の一尊地蔵のお隣にあります)


浄土寺墓地にある行基さんの「一千年忌供養塔」(※亡くなられて1000年目の1748年2月2日に建てられた墓石です)を 


ひっそりと訪れてみたのですが


どなたかが 既に お花を

供えられていたのですよ!  没後1269年も経つというのに…。


まことに ナイスなご演出だったのでした☆・*。.:*・゚☆゜(°´ω`°人°´ω`°)゜☆・*。.:*・゚☆


明日も良い一日になりますように。




10月25日(水)


(゚Д^* pチッチq) 


昨日は、とり鍋
今日は水曜日ですが、夜に、市の人権教育推進協議会のTさんらとの会議があります。


明日は、朝からW保育園の検診。11時には終わるので、
昼前には帰って洗濯機回してます。
夜は鮨です。




(*δ_δpハッハq) オツカレサマデス。


おかあさんへ
今日は、ひさしぶりに お日さまと お月さまが 見えました。
奈良や広島では、どうだったかなあ~丶(*´ω`*)ノ
さて、
今日は、すこし指向を変えて


縁結び&復縁&恋愛運アップのパワースポット
「カマキリ」の彫刻があるという
「多治速比売(たじはやひめ)神社」へ行って参りましたよ~。


(※御神燈が写っている写真は10/4撮影です。10月7、8日の祭礼では、久世地区、福泉地区、菱木地区の5町のだんじりが宮入していました)





※そして、ちょっとディープな神様の“いわれ”もあったのですよ(*´ω`*)ぽっ


 福石神にまつわる昔話


むかし、むかし和田村(堺市和田)にたいそう夫婦仲のいい お百姓さんが住んでいました。
 二人は働き者だったので、どこの田んぼよりも たくさんのお米が取れていましたが、
この家には貧乏神が住み着いていたので 暮らしはいっこうに楽になりませんでした。


「どうかここから出ていって もらえんやろか」
 「阿保ぬかせ。昔から住んどる貧乏神じゃ。山ほど米がある のに誰が出ていくかい」



いくら二人が頼んでも聞き入れてもらえません。とうとう夫婦は力ずくで 追い出そうと
貧乏神に飛びかかりました。
ところがこの貧乏神は、そこらのや せ細った貧乏神と違って栄養満点で丸々と太っていたので、どうにもかないませんでした。


そこで女房は、着物をさっと脱ぐなり、七色もあざやかな波模様の腰紐を 貧乏神の前に
突き出しました。さすがに貧乏神も目がくらみ、力が抜けて しまいました。神様も色香には弱かったのでしょう。このすきに二人は 貧乏神を押え込んでしまいました。


 「俺も好きで貧乏神に生まれとうはなかった。何の因果か。らいせいは 福の内といわれる神様に生まれ変わるでな。ほな、さいなら」


といって丸い石となって消えていきました。
その後、この福石のおかげでお百姓さんはみるみるうちに村一番の長者 になりました。
 夫婦はこの福を自分たちだけが授かったのではもったいない と思い、
この福石を多治速比売神社に寄進したということです。


今でもこの石は、福石として大切に祭られています。


以上です。



ついでながら


前向きな気持ちが 次のよいご縁をよびますようにと 願いを込めて~☆・*。.:*・゚☆(*´ω`人´ω`*)☆・*。.:*・゚☆ みなさま、がんばりましょうね






10月27日(金)


(゚Д^* pチッチq)
昨日はご苦労様。
昨日は午前中仕事の後は、ジムには行かず、部屋でスクワット腹筋を60回づつして、シャワー浴びて、千成寿司へ。


そのあとは、いつものワインバーに行って、12時前に帰宅。そのまま寝ました。


今週のマンション総会は、明日土曜日の朝10時からだったので(※土曜も仕事があるので)、不参加で委任状出しました。


あと一日半で休み。

ダブルっち君は今日から4連休です。




(*δ_δpハッハq) 


おかあさんへ


台風22号の関係で
息子氏の(4連休ではなくて正しくは)文化祭(※今週金曜~来週月曜まで、4日間あります)は、
明日と明後日の2日間、あいにくの雨模様のようですねえ…。


でも、息子氏は トウサンのチェスト・エキスパンダー(胸の筋肉を鍛える道具)を 広島の下宿へ持って行ったので
今頃 家で大人しく筋トレしてると思います☆・*。.:*・゚☆ヽ(´ω`)ノ☆・*。.:*・゚☆ご安心を~




トウサンへ


今日は、行基さん誕生の地の  お寺(智慧の文殊さん家原寺)へ行って 本尊の写真を撮ろうとしたら


「(合格ハンカチに書いてある受験生の)名前が写らないようにしてください」と、ご注意を受けたのですよ~。


でも、そのおかげで
ハイアングルの 

うろこ雲(ひつじ雲?)がもこもこに映った


とっても綺麗なお写真が(台風効果も合わさって?)撮れました~!


☆・*。.:*・゚☆ナイス丶(*´ω`*)ノアングル・アドバイス☆・*。.:*・゚☆





後先しましたが
大学や国家資格など受験するみなさまも お元気で おちついて お力を発揮されますように~☆・*。.:*・゚☆(*´ω`人´ω`*)☆・*。.:*・゚☆がんばられてくださいね!おせっかい)






10月28日(土)


(゚Д^* pチッチq)


昨日はキムチ鍋、〆に久しぶりにラーメン入れました。
今日は土曜日。また雨。


観心寺は、台風21号の影響により、お寺周辺道路にて、土砂崩れが発生したそうです(現在も、一部通行止めです)


今日は半日で終わらせて、さっさと食べて、ジムに行きます。
夜はNと飯。
友人Iは、飼い犬が病気になったのでお休みです
そのまま泊まって、明日はフリー。


ダブルっち君も ぼーっとしてるでしょう。
いつもばあちゃんにメールありがとう。




(*δ_δpハッハq) 
トウサンへ
>いつもばあちゃんにメールありがとう。
いえいえ、ナイス・フォロー丶(´ω`°)ノありがとうですよ~


でも ワタシは やっぱり
おかあさんの 元気な声も 早くまた お聴きしたいです。

自分の声だけでは もう やっていけませんから。


いつごろからか 声を おかあさんに求めることが 
メール≒ブログを 書きながらえる すべとなりました。

おかあさんの 声が 聴こえてくれば
また  次のメールが 書けると思います…☆・*。.:*・゚☆゜(°´ω`°人°´ω`°)゜☆・*。.:*・゚☆



それでは
今週も ねばぎば ねばーぎぶあっぷで よろしくお願いします:*:°・☆ヾ(δ_δ。)ノ~☆・*。.:*・゚☆どんすと~っ






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2017年10月31日狭山事件は寺尾裁判長無期懲役判決から43年目を迎えます(冤罪54年)



🌸2017年10月25日、今年も 石川一雄さんより「10.31メッセージ」が発表されました。


 あと4日で、43回目の10.31を迎えます。


 今から43年前の1974年10月31日、
 東京高裁の寺尾裁判長は、狭山事件の「有罪確定判決」である「無期懲役」判決を
 言い渡しました。


 この判決が最高裁で確定し、
 石川一雄さんは今もなお、自由と人権を拘束され続けています。


 来年2018年は狭山事件発生から55年を迎えます。これ以上の引き延ばしは許されない。
 東京裁判所は、ただちに証拠開示、事実調べ、鑑定人尋問をおこない
 石川一雄さんがお元気なうちに、再審開始により、無罪判決を下してください。





🌸http://www.sayama-case.com/より、今年の10.31集会のご案内です。



  日時:2017年10月31日(火) 12:30 - 15:30
  会場:日比谷野外音楽堂 東京都 千代田区日比谷公園 1-5


  主催者: 狭山事件の再審を実現しよう


 □プレイベント 午後0時半~ 李正美さん(シンガーソングライター)
 □狭山再審弁護団報告「狭山再審はいま」
    中山武敏さん(主任弁護人)
    中北龍太郎さん(事務局長)ほか
 □石川一雄さん・早智子さん挨拶
 □アピール 武者小路公秀さん(反差別国際運動共同代表理事)
       鎌田慧さん(ルポライタ─)
       小林節さん(憲法学者)
 □連帯アピール 袴田秀子さん(袴田事件)
         菅家利和さん(足利事件)
         桜井昌司さん(布川事件)

 狭山集会初めてご参加の方や、どこに座っていいかわからない方は、

こののぼりのところに来てくださいとのことです。











🌸以下、メモ帳代わりの自ブログより。






🌸『酒井真右の十八行小説』 酒井真右/著より



 「人間誰でも歩きてぇ、行当たりてぇって性質(もの)持ってらいな。俺ぁからっきし学なし者だが、二人も孫が居る俺ぁが倅と同級の砂利篩(ふるき)悟なんざ二十で逮捕って、無実なのに、はぁ二十五年も牢屋にブチ込まれたまんま--- ---。悟をひッ張り出さなけりゃ この町この県この国の働く皆の生命に関わってんだから。昔っから、
  皿なめたが科(とが)を負う
 笊(ざる)なめたが科かぶる
 網にかかるな雑魚ばかり




 本当に皿の魚や笊の肉たらふく喰らっちまったは逮捕まらねぇで、罪科受けるなぁ無実のしがねえ人間達ばかり--- ---。触らぬ神に祟なし、でまいほーむだ、世界旅行だって、そっちの方は何百万、何千万--- ---。悟始め、無実の者を一生牢屋で嬲(なぶ)り殺しにして、その裏で悠々とたらふく喰らって、国家だ日本だぁってますます地獄穴深く掘って!--- ---差別こそが戦争に真直ぐ繋がってるんだ!昔っから只の一遍もなかった真実の革命にもってがなけりぁ!!さ、悟のカンパだ、頼む」(八八年九月)




 ニッポンの慟哭痛苦


  昔は今。一九六三年五月二三日、埼玉県狭山の石川一雄青年別件で逮捕(つか)まっちまったまんま「死刑」「無期」差別裁判が続いて、二十二年もずっと叩き込まれちまっている!この酷(むご)い事実を、この国一億二千数百万の働く仲間は知ってるだんべか。知ってる者も知らね者も、まとまって、この鎖を踏ん切らなけりゃなんね。この事件をそっちのけじァ、日米、日韓、日ソ、日中はじめ、すべての地上の国々と、この国の関係が根なし草になっちまう--- ---。




 この冤罪差別事件に勝つために、凡ての書き物を断絶し、狭山差別問題だけにペン一本で鋭く切り込んでいる偉大な文学者 野間宏が居る。
  石川一雄は、一億二千数百万の君らや僕たちの五体と心の一部分、切っても切り離せねえンだ!
  組織も俺も全人民が、地球丸ごと一つの平和な共和国を希い、裏漉(うらごし)して、ニッポンの慟哭痛苦のこの差別事件に勝利しなければ・・・。
 (八五年三月)
 







🌸『自白崩壊―狭山裁判20年』狭山事件再審弁護団/著/1984年より



野間宏氏談)狭山(※『完本 狭山裁判 上・中・下』)を
雑誌『世界』(※1975年2月号~1991年4月号,計191回連載)に連載するようになったのは、寺尾裁判長の、二審の確定判決、それ以後なんですけどね、・・・


スコップのところもね、あれが盗れるのはあそこに雇われていた人だけだというけど、そうとはかぎらないでしょ。がいるけれども、どこからでも入れるわけです。


そういう疑問がいっぱい出てきて、これは大変だと思いましたね。これはやらないといけないと決意しましたね。それから始まったんです。・・・」










🌸『完本 狭山裁判』野間宏/著より



『狭山裁判・上』頁349~350


一審第五回公判調書の中の、五月一日夜、内田幸吉氏の言う石川被告が氏宅を訪ねた時、


が吠えたか、吠えなかったかを巡って、氏が証言しているところを見よう。・・・



弁護人(副主任): ああ腹が減ってるような時には哭くんですか?
内田幸吉氏 : ええ、哭きません。近所の方が来てもなんでも吠えませんから。・・・


 もちろん裁判長は、この二つの言葉を同時に使うことは不可能であることを明かにし、どちらか一方を採用するよう氏に注意すべきなのである。
注意するだけではなく、このようなまったく反対の意味を持った二つの証言証言として認めることはできないとすべきなのである。


しかし一審の内田武文裁判長は裁判長として当然すべきことをしていない。
しかし二審の寺尾裁判長は、このことを少しも追及することなく、二審の裁判をすすめているのである。・・・


「同人が飼っているがよく吠えるかどうか、当夜吠えたかどうかについての同人の証言がはっきりしないからといって、前記の証言の信憑性を疑う理由とはならない」


寺尾裁判長判決文で述べている。・・・


 さらに、これを文章のうちにはいって見るとき、・・・日本語の文章法として、ないものなのである。


もっとも裁判用語の多くが、日本語と認めがたいものが多いということから見るとき、この「ええ、哭きません」という言葉が日本語の文章法にないものであることを感知し、審理のなかにそれを引きだし、問いただすことが、裁判長の能力を越えているとするならば、これは日本の裁判制度そのものに備わる大きな欠陥を示すものであるし、この問題は日本の裁判制度全体を変えなければ、日本の裁判は真に正しい審理を行うことは不可能であることを明確に提示している大きな問題として、日本人全体の前に置かれなければならない。







『狭山裁判・上』 頁435
(※1977(昭和52)年8月10日最高裁判所第二小法廷 吉田豊裁判長 上告棄却決定の件で)


石川一雄被告の有罪の追認ということである。・・・
 しかもその「決定」にあっては、この事件には いまだ「解明されない部分」が残されていることが認められている。・・・


 この最高裁判所「決定」は、まさに今日の日本の裁判所を根本から疑わせるものであるが、それは、これが日本における民主主義の否定につながるが故であり、日本に生きる一人ひとりの人間の生得の権利、その基本的人権を侵して素通りする道をひらくものと言ってよい。


このような「決定」を、私もまた日本の多くの人々と同じように認めることはできない。
このような「決定」はこの日本の不幸であり、また日本についての正しい国際的な評価を失わせるものである。


 裁判は殊にもっとも重要と考えられ、また法律上定められている最高裁判所の裁判は、このようにあわただしく突然その「決定」を公にするなどということがあってはならないのである。・・・


 もし信ずるところがあるならば、最高裁判所はこれらの問題を避けることなく正面から受け止め、その決定の発表にさいしては、前もって広く予告し、その真実とするところを公にするのが当然と考えられる。またそれが最高裁判所のまさにすべきところである。


しかし最高裁第二小法廷はそうしなかった。その決定の突然の公表は違法ではないということであろう。・・・


 しかしそれでは違法ではないということが残るのであって、あるべき最高裁判所はないに等しいのである。・・・







『狭山裁判・上』 頁六二三~ “再審制度の意味”より


再審は確定判決における法的安定性の要求と実体的真実主義に基づく具体的妥当性の要請を調和させるための制度である」(今野健検事)などと考えていて、それでよしと出来るだろうか。


 再審の請求は、確定判決にもし誤りがあることが明らかになれば、それを取り上げ、確定判決の法的安定性などは否定しても、新証拠とすべきものの提出によってそれを採用し、再審の審理に入り、無罪判決に至るべきものであろう。・・・


 ここには再審を特別に狭く、極めて限度厳しく考えようとする狭溢な精神があらわに現れ出ている。


 法的安定性とは何をいうのであろうか。
 裁判の国家的厳重性、その慎重な運び、裁判官の優れた審理を重ねることによって得られた判決の決して誤ることのないことを言うのであろうか。・・・


 しかし、裁判誤りがないなどとということは出来ないことである。


ごく最近のことを見てもすでによく知られているように、弘前大学教授夫人殺し事件、加藤老事件などによって・・・


 ひとりの人間を裁判の誤りによって、大きく左右し、長年の刑に服させ、また一生を日陰の場所にあって過ごさせるというところに導いたのである。しかも・・・


誤った判決を行った裁判官、また誤った検察を行った検事、誤った取調べをした警察官がこれによって大きな責任を問われることもなければ、また責任が何処にあったかを問いつめ明らかにするという制度もそこにはつくられてはいないのである。


 日本の裁判制度には大きな欠陥があるのである。







『狭山裁判・中』 頁六九九~ “串部・北田鑑定人の意見書 再逮捕後の自白強要”より


脅迫状の中の金を持ってくるよう指示した日付脅迫状の中で如何に重要であるかは、少し考えるだけですぐ明らかになることである。


もしこの日時に少しでも誤りがあればその脅迫は全然役には立たないのである。相手が金を持って来る日が違えば、金を脅し取ることは出来なくなる。


 金を持って来るように指示する日時と場所と金額、この三点が脅迫状では最も需要な要素なのである。・・・


 それが記憶から消え去るなどということはありえない。







『狭山裁判・中』 頁六八七~ “脅迫状 訂正日付の問題を回避”より


(※1979(昭和54)年10月9日東京高等検察庁検察官 今野健検事 意見書提出の件で)


「仮に・・・」という仮定法でもって、この四月二九日という消すことならぬ物質的な痕跡によって明確とされている日付を扱おうとするのである。


ここのところに、真実追求をすすめる裁判に深くかかわる検察官に最も必要な、証拠を何よりも大切にし、一歩一歩真実に向って出発する要件の失われていることが明示されているのである。・・・


検察官今野健検事は明らかな証拠によって、しかと支えられている四月二九日という日を正面に取り出して裁判の場の上に置こうとせず、確かな証拠物によって支えられることの全くない供述調書の「自白」の方をば如何にして取り上げようとして苦心を重ねているのである。・・・


 このような検察官今野健検事は・・・即刻検察官を辞任すべきなのである。・・・
同時にこのような検察官の資格のないことを自ら証明した今野健意見書を、東京高等裁判所がそこに何の疑いも差し挟むこともなく受け取ったことに大きな疑問を抱かない訳にはいかない。


 東京高等裁判所第四刑事部は、今野健意見書を、検察官の資格のないものの書いた意見書として東京高等検察庁に返却すべきなのである。・・・


 このことは、狭山事件を見守ってきた多くの人々の許すことのできないことであり、再審の門が広く開かれ、この狭山事件の再審が真に再審の名に価するものとして真実追求の歩みを進めることを求めている多くの人々の容れることのできないことである。


 四月二九日という日付が新しく見出されたことは、石川一雄氏の無実無罪であることを完全に証明している。







『狭山裁判・中』 頁九〇〇~より
(※1981(昭和56)年5月29日 東京高等検察庁 十五点の証拠開示の件で)


東京高等検察庁は十五の証拠開示をしたのだが、それがこれまでの裁判の判決、決定その他を揺るがし覆すようなことのないものばかりを選んでその上で開示したというようなことがあるならば、もちろんそれは却って東京高等検察庁に対する信頼を失わせることになるのであって、それによって日本の裁判官、裁判そのものに対する最近の国民の不信を深めるという結果を生むことになるほかないと考えられる。
それは私の望むところではないしまた求めるところでもない。






『狭山裁判・上』  頁230


最高裁判所は、これまで事実審理を行わないとされている


しかし今日、荻野助教授の行い成功した、走査電子顕微鏡による、この上なく微細な対象表面の変化をもとらえて、その原因を明らかにし得る鑑定方法が見出された限り、これまでの審理慣例にとらわれることなく、この多くの人々の疑いを招いている筆圧痕の問題事実審理を行い、正しい鑑定はいかなるところにあるかを明にし、今日の裁判そのものについての多くの疑惑を消し去るべきであると私は考える。


 最高裁判所の任務は重く、日本に正しい裁判がいまもあるかいなかを鋭く問われている現在、正しい裁判審理のあることを国民の前に示すべき時である。







 『狭山裁判・上』 頁四三五


 (最高裁判所は、その「決定」にあたっては)総合の立場と
 でもいうような、あたかも客観的で、法的に効力があるか
 のような、まったく主観的にして、予断の入り込んだ、判断
といえない判断によって有罪との判定を出したのである。


この最高裁判所「決定」は、まさに今日の日本の裁判
根底から疑わせるものであるが、・・・このような「決定」
 この日本の不幸であり、また日本についての正しい国際的な
評価を失わせるものである。


さいわい、この最高裁判所の「決定」について心から憂慮し、
この日本にこのような「決定」が出されることがないようにしようという
実に多くの人々は、この「決定」によって、有罪
 さだめられたなどとは決して考えない
・・・


私もまた同じ考えである。再審の道へと、さらに同じ道の
上を歩かなければならない。


この最高裁判所第二小法廷の「決定」を前にしたとして、
これによって、有罪であり、犯人であることが真実となった
 わけではないからである。






『狭山裁判・上』 頁四三五


この最高裁判所第二小法廷は、何を恐れたのであろうか、
 余りにも突然、急ぎ足で今度の決定を出したが、その決定
にいたる通常の手続きにさえ実に多くの、そして大きな
裁判には欠くことのできない欠落がある故である。


 何を恐れたのだろうか。もちろん真実をである。


裁判は、殊にもっとも重要と考えられ、また法律上
 定められている最高裁判所の裁判は、このように慌ただしく、
 突然その「決定」を公にするなどということがあっては
 ならないのである。・・・しかし最高裁判所第二小法廷は
 そうしなかった。その決定の突然の公表は違法では
 ないというのであろう。


しかしそのように言い、それを通すことによって、
 
日本の裁判はもっぱらその威信を失うばかりである。




 『狭山裁判・上』 頁一一三三


最高裁判所決定は、この地下足袋、
足跡
について上告趣意書
理をつくして論証し、
 明示しているところに
少しも眼を向けることなく、
ただ確定判決を追認するために
 その表面上の形姿を整えるのみであり、


その内容は少しも
真実追求の審議によって
埋められることなく、
まことの決定から
 とおく隔たっているのである。・・・


裁判における真実追求
 いかにあるべきかを問いつめながら、
 足跡をめぐる問題を見続けよう。







 『狭山裁判・下』頁1833


 世界のいわゆる先進国の裁判制度のなかで、
 日本の裁判自白偏重主義とでもいうべきものが、
 取り去ることは、まことに困難であり、
 絶望に近いものが、私に訪れる。


一度、自白した場合、
それを犯罪犯行の根拠の一からはずすのに
 まことに困難な国家

日本の他にないといってもよい。


 最近、ようやく少数の裁判の中で、
 自白のみによって、根拠づけられ、
 他に何の根拠となるべきものを、
 捜査によって見出されていないと、
 言い切った判決が聞かれて、
 私もようやく、
そのところまで到達しようと
 しているのかという思いがしたが


 これが長い年月をかけて
無罪を証明するということになると、
 決してこのような訳にはいかないのである。


しかし裁判はいかなる刑事裁判であれ、


自分自身の上にふりかかって来ているという思いをもって
一人一人がその裁判の一つ一つを見るとき


 この日本も、いま、
 少し高い位置をしめることの可能なところに
 さしかかっているのだという思いが、
 訪れる時がやって来るのだろう。







『狭山裁判・上』 頁四四七




部落問題を理解することなくして、この裁判を
進めてきた、第一審、原審の裁判官は、この
裁判を行う資格を欠いていたというべきだろう。


これらの裁判官は憲法第一四条も十分に読み
 とってはいなかった。部落問題を理解すること
 なくして、憲法第一四条がそのもっとも深い
内容を担って実現するその「差別されない」
 いう言葉の包みこんでいる意味
を理解することは出来ない。・・・


最高裁判所第二小法廷の裁判官もまた、この点に
 おいて、第一審、原審の裁判官とまったく変わる
 ことがない。







 『狭山裁判 中』 頁一二九二



(寺尾裁判長が判決で一言も触れなかった 戸谷鑑定人提出の筆跡鑑定については)


 似ている、違っているなどという余りにも
主観的すぎる鑑定方法によって、すぐにも
犯人と決定されるような従来の筆跡鑑定
 方法に代わる、精密にして誤ること少ない、
 筆跡鑑定は如何なるものか考えつくそうとし、
その鑑定方法作成に全力を傾けている
戸谷鑑定人の苦闘の跡を 私は出来る限り、
 解りやすく伝えることにより、日本の犯罪
 捜査と裁判制度
を、人権にふさわしい
 ものにし、冤罪を一切なくすために生命を
削っている方々の努力によって日本の裁判
必ずよくなるとの希望が多くの人々のもとに
生まれることを願いながら 書いたのである。





『狭山裁判・上』頁四五三



寺尾裁判長は、青木英五郎弁護人に島崎藤村の『破壊』を読んでいることを語っているが、この藤村のすぐれた作品、部落民である瀬川丑松を主人公にした作品も、まことの被差別部落に生をうけたものの心と肉体を欠いているのであって『破壊』を読んで、被差別部落に生まれ、部落差別を受けてきたもののすべてを、とらえているとの判断に立っているとすれば、それは、まことに誤りというべきものである。








『狭山裁判・上』 頁四四八



このように言ってもこの私の言うところについて、
これらの裁判官がただちに受け入れるなどという
 ことは、考えられない。


 私は、部落問題の何たるかをここで、まだ解明する
 ことをしていないし、さらにまた、この文章の中で
 それをするなどということは出来ないからである。


とはいえ、これらの裁判官たちも、やがて、私の
言うところに、があるということに思いあたる
時が、必ず訪れるということを私は考えている。


そのとき、これらの裁判官は、もちろん、各自の
根底からの自身のあやまりに気づいて、自分自身に
 ふるえおののくだろう。


そして差別的審理と判決の責任の重大なことを考えつくす、
その入り口のところに立つほかないのである。














ここまでお読みいただきどうもありがとうございました。
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Σ(´ω` )チッチとハハっちとバッチャンとダブルっちの往復メール②と、ばあちゃんに高齢者等避難開始発令?(前編)涙


10月16日(月)


(゚Д^* pチッチq) 皆様、ご苦労様です。


今週は、火曜日が仕事終わってから、稲垣潤一のコンサート。
水曜日はたぶん泊まりに行って、木曜日は仕事ありません。
木曜日の夜は友人Iと福島にある楽心という和食屋。
土曜日は未定。
日曜日は朝10時からマンションの総会。
今年度は初役員なので、参加です。






10月17日(火)


(゚Д^* pチッチq) 
昨日は とり鍋
今日は、仕事終わってから、稲垣潤一のコンサート。
日、月とよく寝たので、体調はいいです。




(*δ_δpハッハq) オツカレサマデス。


おかあさんへ


トウサンが 今晩行くコンサートは、
西梅田の[ビルボードライブ大阪]という ライブ・レストランでやるのですが
息子氏は、そこでマジックショーを見たことがあるですよ(*´ω`*)


お客さんの中で 息子氏が一番小さかったので
マジシャンの方が 種も仕掛けもない?ことを 
息子氏に 入念に調べさせてくれたりして 
マジシャン大好きの息子氏は
「小さいと何かと得だなあ」と思ったとか、思わなかったとか?(*´ω`*)✧

覚えていてくれて ありがたいです(´ω` )



10月18日(水)


(゚Д^* pチッチq) 
昨日は、稲垣潤一のコンサート行ってきました。
知ってる歌はなかったけど、上手でした。
帰宅したのは12時で、すぐ寝ました。


今日は水曜日。仕事終わったら帰って、洗濯物はすべて、洗濯機に放り込んでおきます。
泊まりに行って、明日の木曜は仕事なし。
明日の夜はI夫妻と3人で福島の楽心という店で懐石です。




(゚Д^* pチッチq)
本日2回目。
水曜日中に、洗濯ご苦労様。
今、1人で天下茶屋の鮨屋。




(*δ_δpハッハq) オツカレサマデス。


トウサンへ
言い忘れていましたが
日曜日のマンションの総会は、よかったら
ワタシが代わりに行くですよ(何か考えている)



10月20日(金)


(゚Д^* pチッチq) 


水曜日は天下茶屋で鮨食べて、カラオケ行って、泊まりました。
昨日は、昼にラーメン食べて、ジムに行って、風呂に入って、福島で懐石。
11時に帰って寝ました。


土曜日の食事は場所未定。
土曜日の午後の予定は?


日曜日は朝10時から総会。
もしかしたら新しい理事の紹介があるかもしれないので、
出来れば朝帰りして、参加するつもりです。
一緒に行きますか?




(*δ_δpハッハq) 


トウサンへ
今週、土曜日は 狭山池の記念講演の 最終回に行く予定ですよ(*´ω`*)


次の土曜日か 次の次の次の土曜日頃に 
おかあさんの河内長野のふるさとに至る道のずっとずっと先にあるという観心寺へ 
ぜひいっしょに 紅葉を 見に行きましょう!(*`ω´*)


ご参考までに

1枚目が今年の10月20日頃、(※公式ブログより拝借しました)


2枚目が去年の11月22日頃、


3枚目が去年の11月25日頃の ライトアップの写真です。



日曜日は、それでは 一緒に総会へ 出ましょう。


はっ!選挙だ。





おかあさんへ


この前 祭りで帰ったときに おかあさんが話してくだすった
息子氏といっしょに食べたというパンは、近鉄橿原神宮前 駅構内にある

ドトールのミラノサンド  でしたか?(*´ω`*)じゅるり


※人生初、一人で奈良へ電車帰省した息子氏が いざ帰ろうという時に
おばあちゃんが、乗り換え駅(全部で4回乗り換えるうちの2つ目)までついていってくれ

めちゃうまいランチもご馳走になったそうです(*´ω`人´ω`*) 


よろしければ
来年の夏もまた、ミラノサンドを食べさせてやってください!(´ω`)ご足労おかけします…




10月21日(土)


(゚Д^* pチッチq) 

昨日は、うな丼とサラダ
今日は土曜日。雨ですが、仕事終わったら、さっと食べて、ジムに行って、
のんびりして、飲みに行きます。
明日は、朝の9時半頃に帰って 総会へ出ます。


来週の土曜日、ばあちゃんの故郷の河内長野の「観心寺」へ行きましょう。
天気がよければいいですね。
昔、ダブルっち君と3人でドライブで寄ったことがあると思います




(*δ_δpハッハq) オツカレサマデス。


おかあさんへ
その後 喉のおかげんはいかがですか?
わたしたちが お祭りで帰ったあと、お疲れがでていないと よいのですが(´ω`°)
暖かくして おだいじになさってくださいね。


台風が接近中ですが 
土日は授業がない息子氏は おかげさまで 家でぬくぬくしております(´ω`)ノ


おかあさんも 今週末は ゆっくりやすめますように…゜(°´ω`°人°´ω`°)゜





10月22日(日)


( 。´_ゝ`pバッチャq)  

避難しています 近所の人たちと 心配せんといて




(*δ_δpハッハq) 


息子氏へ


おばあちゃんが 避難勧告が出て とるものとりあえず 避難したようなので
「ばあちゃんガンバレ!」とメールしてあげてね゜(°´ω`°人°´ω`°)゜カアサンより




(・∀´・pオッレq) みなさん、おつかれさまーッス。


わかった









※写真は、今年の10月7日(土)に 、萩原神社へ 日置荘地区の地車が宮入りするたび、



披露された「子ども獅子舞」です。



台風21号が 大きな被害もなく 通り過ぎますように との願いを込めて、、、

(みなさまも、どうぞお気をつけくださいね)




それから


本日 10月22日(日)は



河内南部(富田林東部・河南町・千早赤阪村)


泉州(堺市中区の八田荘地区)の ラストのだんじり祭でしたが



こちらでは、13時頃より、スマホの避難勧告のアラームが あちこちで鳴り響き


ワタシは 外での用事を早めにすませて帰りましたが 

その時すでに、道沿いを流れる川が 泥水の濁流になって うねりを上げていて


午後のだんじり曳行中止を 早々に決められた町も 少なくはなく、、、


(※写真3枚は、同じく今年の10月7日、百舌鳥八幡神宮のふとん太鼓本担ぎの日に、ドレスアップして現れたお稚児さんたちと弟君?です)



来年は 祭礼の全日程が 秋晴れのよいお天気に恵まれますように との願いを込めて!






それでは
今週も ねばぎば ねばーぎぶあっぷで よろしくお願いします:*:°・☆ヾ(δ_δ。)ノ~☆・*。.:*・゚☆どんすと~っ






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Σ(´ω` )チッチとハハっちとバッチャンの往復メール⑪ヽ( ´ω`)人(´ω` )ノと、お気楽な秋祭り(後編)笑


10月16日(月)


(゚Д^* pチッチq) 皆様、ご苦労様です。


昨日は雨の中、ご苦労様。
来年は10月21日(日)(本来は21日)なので、晴れたらいいですね。
天下茶屋で下車した後は、ケンタッキーを食べて帰りました。
夜は、ばあちゃんに電話しておきました。
おとうとも早めに帰ってきたようでした。





( 。´_ゝ`pバッチャq)  みんな、ごくろうさん。


帰って来てくれて うれしかった 
ありがとー

  
もう少しゆっくり話しがしたく
聞きたい事もいっぱいあり


本当にうれしいのと 
時間もなく 本当は しょうしょうガッカリ と
ちょっと情けなく さみしい気分も


又あえる日があるかも



本当にやっぱり 少しさみしいでした
マア 元気な顔見せてくれて それだけでも良しと


やっぱり 愚痴が
いやなばあちゃん ごめん






(*δ_δpハッハq) オツカレサマデス。 


おかあさんへ
昨日は、見るもの聞くこと 全てに興味津々で
感無量の一日を過ごすことができました。
どうもありがとうございました。



帰ってすぐの、午後1時からの宮入では
「お宮さんに入ってくるのは、御輿 (※お稚児さんを乗せた太鼓のこと)一つやろ?」と言うトウサンと


太鼓  と、毛槍  

花籠  と、御輿 (※姫神が乗られている御輿のこと)の三つやけど?」と言うおかあさんとで

ご意見が 真っ二つに分かれて 大笑いでしたね(´ω`)



※祭りの真実は、今年のこちらの動画の35分あたりからご確認できますので、よかったらご覧ください。




でも、3人でぶらぶらとお宮さんに向かい なんとか見学場所も確保すると
そんなことはすっかり忘れ
全部の宮入が終わる午後2時ごろまで ひたすらじぃっと 魅入りっぱなしでしたね(´ω`)



前半のクライマックスが終わると
ワタシは その後、おかあさんに袖を引かれて
秋祭りの大きな一枚のポスターを いそいそと見て参りましたね(´ω`)


去年の祭りの写真のみで 構成されているという
神社沿いにある写真屋さんのウインドウに 貼られていた そのポスターは


前回(息子氏が1歳半頃) お祭りに帰った時にも
おかあさんに袖を引かれて、ワタシは見せてもらっていたのですが


緻密で 綿密な 出来栄えは 衰えを知らず
地元の方でなくても これは一見の価値あり!と思いましたよ✧(´ω`人´ω`)✧




午後3時からの宮出しまでは
おかあさんの家の居間で CS阪神ー横浜DeNA戦(友人Iさんが雨の中、球場へ応援に行かれていたそうです)を 観ていたところ

トウサンから かねがねお噂を伺っていた ご従姉さんと 新婚の息子さんご夫婦が 
お立ち寄りになり、その席で ワタシは


 トウサンのおとうとさんは毎年 太鼓を吊っている(※担いでいる)ことや、


おとうとさんは、午前中は仕事で、伊勢神宮神嘗祭(かんなめさい)の陸曳き(おかびき)のお木曳車を引いて、その足で 地元の午後3時からの宮出しの太鼓も吊ることや、


(おとうとさんが帰ってくるなり、トウサン「A(※おとうとさんの名)さないんか!」おとうとさん「さーっい!」の奈良言葉の会話がありました)


  トウサンは、1970年代後半に


  「同和」教育の校風がないU高校で 「部落研」をたち上げて

  「同和」教育の時間に《トウサン 対 クラス担任+クラスメイト全員》というかたちで たった一人

  「同和」教育の授業を任されて クラスや学年全体から たった一人 浮いた感じになって

 
 一時は高校中退まで追いつめられたという


そんな  飛び跳ねていた時代に、一度だけ、

地元中学校の恩師にのお誘いで 太鼓を吊ったり 山登りしたりしたことがあることや、



 懸案だったおかあさんの河内長野の故郷は


観心寺までの長い参道途中にあることを 


聞くとはなしに 知ることになりました…(´ω`)



午後3時頃、
いよいよ おとうとさんの吊る太鼓の 6kmに渡る道のりの 宮出しとなりました。



おとうとさんは、あたかも御輿に姫神が乗っていらっしゃるように  


水に背中から浮かぶように 右肩を静かに 御輿の 担ぎ棒の下に差し入れて


 皆と一緒に お宮さんの鳥居を くぐり抜けていきました。


「ガンバッテー、ガンバッテー、ガンバッテー」  の言葉が


見守るワタシの喉から 自然に 力いっぱい 出ました。


この2週間 河内南部から泉州のだんじり・ふとん太鼓を 一通り 見て回りながら
声援一つ 送れなかった人間が
自分でも信じられないくらい 大声を出せるときが  あるんです(´ω`)


 
4時半すぎに 一足お先に 奈良を後にしましたが
帰りのバスと電車の中では


 「おかあさんのごはんや、煮炊きのおかずが いつも 優しいお味がするのは、歯がお悪かった故おとうさんの お好みの固さ(柔らかさ)が ずっと守られているからやろうねえ」


とトウサンとすこし話して、後はうつらうつらして帰りました(´ω`)💤



 そうですね。


おかあさんは 昨日は メールや電話ではお話しできないことを  お話しするつもりで
お時間あけて 楽しみにしてくだすっていたと思います。


 ワタシが至らないばっかりにどうもすみませんでした。


今後の課題とさせていただきます(°´ω`°)


また次 帰った時に いろいろお教えくださいね(*´ω`*)


 他方、トウサンは


帰る間際、おかあさんが


「おじいちゃんもゆっくりしていってもらいゆうてるさかい」


と 再三再四、お引止めくだすったときに


「また来年の祭りも帰ってくるから」と はっきり お約束をしました。


 せやさかい ほんまゆうと 


おかあさんは もう な~んも 心配すること いらへんねんねえ(´ω`)✧




それでは
週後半も ねばぎば ねばーぎぶあっぷで よろしくお願いします:*:°・☆ヾ(δ_δ。)ノ~☆・*。.:*・゚☆どんすと~っ







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