「#口が悪い」とは(※雑学No.311,B.D.+168)
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2023/2/14(火)
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朝は、オトン(元ウチの人)からのメール・チェック(備忘録的なものなので、読み飛ばしを)。
「昨日はいつもの中華居酒屋。今日は家で食べる予定。」(※☐◇:息子氏の名前)
つづいて、菟田野のお義母さん(85)に、ラブレター書き(笑、同上で)。
「おかあさん、おはようございます(•ө•)♡
きょうは、トウサンがカンカン休肝日で、季節がカンカン三寒四温の火曜日ですね🍵🌷 (*•ө•*)♡
さて、きょうは、『辛激屋 (シゲキヤ)/長堀橋』さんより「お料理名当てクイズ」をお出しします。一応、ヒントつきですけれども、それが必要なのは、多分私だけだと思います (`Θ´)ドヤア
※なお、前回(昨日)は、「うなぎのもり/近鉄八尾」さんより、クイズをお出ししました🐟
※それでは、ヒントです(上から)
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✨一枚目:〇ょ〇ざ🥟
✨二枚目:く〇カ〇ー🍛
※答えです
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✨一枚目:餃子
✨二枚目:黒カレー🌶🌶🌶🌶
※変なやりとりです
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私「もう、どっちも大好物で 餃子→カレー(→ラーメン)のローテーションも、いい年をして、飽きませ~ん⤴ ( ´▽`)
ほんで、たまに「カレーOn餃子は無いよ~」と、指摘されま~す⤵(*>ω<*)ウーン
でも、「お好み焼きにライスより自然~」と、思うんですよね~⤴( ¯꒳¯ )ᐝ」
マスター「 勘弁してくださいよ (;´∀`)❓ 」
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話変わって、「カレー」と言えば、辛いものに目がない者どおし、冬こそ激辛のものをモリモリ食べて、お互い、汗だく💦になりましょうよねッ🍛🌶🌶🌶🌶😉✨(笑)それでは、明日の続きをお楽しみに❓今日も佳き日でありますように」
With "RyoRyo"(ウイズリョウリョウ)
そのあとは、大泉緑地・ランへ行って、16,846歩(13.1㎞)走り歩きしました🏃🐶🎾夜は『障がいのある弟に「頑張れと言えなかった」明石市長・泉房穂(いずみ ふさほ)が政治姿勢の原点を語る』(後編)の文字起こしをしました↓↓
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※部分起こし
🌛19:44 大竹まこと・ ラジオパーソナリティ、シティボーイズ: :https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%AB%B9%E3%81%BE%E3%81%93%E3%81%A8
市議の方もそうですけど 職員の方も含めて 色々 軋轢は大きいんじゃないですか?
🌛19:50 泉房穂(いずみ ふさほ)・兵庫県明石市長:https://twitter.com/izumi_akashi
でも 逆に言うたら 軋轢がないような政治やってるから ダメなんですよ
ある意味 方針転換するんだから 全員に喜んでもらえることが すぐ出来るんじゃなくて
要は どこかの予算を どこかに回すんだから 予算を減らされる所は そら怒るに決まっているんで それを 誰にも 怒られないようにするから 方針転換出来ないんだから
怒られてでも ちゃんと説明をして 思い切った方針転換をしていくっていうことを 政治家ですから ある意味 人に嫌われてでも 町の未来のために 子どもたちのためにやり切るのが 政治家だと 私は思ってるので
別に 誰かに嫌われたくないと 思ったことは ありません だから 「嫌われても構わんからやる」と思ってるんで それ もう しょうがないです 嫌われるのは
だからそんなこと言うから 嫌われるんかな?【笑】
20:47
よう 言われるんですよ 市民から 「アンタ そこそこ 賢いんだから ちょっと もっと 上手に 喋ったら?」、「もうちょっと 何とか ならんか?」って 言われるんで はい まぁ すいません
21:18
まぁ 開き直ったら アカンのですけど やっぱり 基本的には コツコツと働いて 今 市民から 税金を 預かっている公務員は もっとちゃんと 働こうよと 市民のために
政治家も ちゃんと 市民のための政治 しようよと どっちを向いて 政治やってるのか というあたりの いきどおりが強くて
ちゃんと 市民のために 働く ちゃんと 市民のために 政治をしよう それと違うと思うと やっぱり かなりこうスイッチが入る 言うことが ままあって まぁスイッチ ちょっと もうちょっと 抑えなアカンのですけど
22:16
いや そこ(今年4月に、2度の「暴言」の責任をとって明石市長を辞め、政治活動から引退すること)はね 政治をするのはね 別に 選挙に通った政治家だけじゃないんですよ 普通の市民が 政治してるんですから
私自身は 別に 国会議員 かつて やってましたし 市長 12年 やってますけど そうでない時も 弁護士でもあって ずっと 色々な提案とか 要望とか 動きしてます 市民活動 続けてますから まさに 万事を救うのは 私たちなんで 政治家だけに 任すんじゃなくて まぁみんなで 社会 町を変えていくと
私は 別に 政治から離れるとは 言っていなくて 明石市長でいるとき以上に もっと 国を変える役割を 果たしたいと思っているんで
やっぱり 今の国も ろくでもない政治だから こんな ろくでもない政治が続くと 国民 市民は不幸ですから 「もうちょっと まともな政治に 変えんとねぇ」とは 思いますねぇ
あ 口 悪かったですか すいません
22:16
いやまぁ 市役所はね それはもう 300通~400通「辞めないで」の手紙が ずっと毎日 届いていて で 町に出ると 囲まれて 「アンタ 何で 辞めんのー!!ちょっとここ 座りなーさい」言うて いきなり座らされる感じで 「アンタ 反省しなさーい」言うて「辞めるんやったら 辞める理由 言いなさーい」みたいな感じですけど
ただ 私も まぁ 3期12年なので まぁ 2期8年 3期12年というのは ある意味 自治体の長の 一定の定めですから いつかは 当然
まぁ 政治家なんて 一定期間走るランナーみたいなもんで もう 中間走者だから 次の人に襷(たすき)を繋ぐまで しっかり走り切って 自分の与えられた区間 精一杯走って 次の人に襷繋ぐんが まぁ一種 仕事なんで まぁそういう意味で ラストスパート しっかり やりたいなぁっていう風に 思うんですねぇ
🌛4:57 泉
それは 1966年に 兵庫県が 県庁にそういう組織を作って 「障がいある子どもは 要はそのままにしよう」という運動だったんです
で その翌年に 私の弟が生まれたので 弟は 障がいを持って生まれたので まぁそのまま 病院で 死ぬはずやったんです
ところが まぁうちの両親が 泣き崩れて 「障がいが 残ってもいいから 連れ帰る」と言って 私の待っている家に 連れ帰ってきたのが まぁ私が 4歳の時かな
4:35
結局 その頃は ちょうど 「優生保護法」という法律も 当然 強かったですし 特に 兵庫県は すべての都道府県の中で 一番 まぁ言うたら 「障がいのある子どもを 地域に 戻さない」という運動を してはって 要は 生まれた子どもを そのままにして 見殺しにする運動だったんです 今から考えたら 無茶苦茶ですけど
5:35
まぁ本当に まあ理不尽でした もう 「どうして 障がいがあるのに 見殺しにしなかったのか」と 言われた時代でしたから
まぁそういった子ども時代を過ごしたので 世の中に対しては まぁ思う所は大きいタイプでしたね
6:06
弟が 障がいを持って 生まれて まぁ「障がい者の集いの場」というのを 何とか うちの両親も 運動して ちょうど 作って頂いた所だったんで 私は その両方を 行き来しておりまして
学校の いわゆる 自分の行く方は 全員 飛んだり跳ねたり喋ったり してるわけですけど 弟の所へ行ったら ほぼ誰も 喋れなく 歩けない状況で
その両方を 行き来する中で これはね どうして これは 別々なんだと 一緒で いいいじゃないかと どうして それを 除け者にするのかと まぁ子ども心に 思ったもんですから
でも 後になって分かりますけど 日本以外の国は 結構 一緒に やっているんですよね 日本というのは 非常に 変わった国で 障がいある者を いない者のように 目を瞑ってやってる社会なので それを何とかしたいと
まぁ自分自身は それが 今に 繋がるんですけど 「子どもとか 障がいを持ってる方に 極端に 冷たい 日本という社会を まぁもう少し マシにしたい」というのが やっぱり 自分自身の 基本的に まぁ人生をかけての まぁ自分自身の まぁ一種の役割かなぁとは まぁ今も 思ってますけど。
※今日の文字起こしのソースはこちらです:
配信日:2023年2月13日(月)
発信:文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」
テーマ:『障がいのある弟に「頑張れと言えなかった」明石市長・泉房穂が政治姿勢の原点を語る』
出演:
泉房穂(いずみ ふさほ)・兵庫県明石市長:https://twitter.com/izumi_akashi
×大竹まこと・ ラジオパーソナリティ、シティボーイズ: :https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%AB%B9%E3%81%BE%E3%81%93%E3%81%A8
×阿佐ヶ谷姉妹・ ワタナベエリコ:https://twitter.com/asagayanoane
まりもこまりこ:https://twitter.com/marimocosis8708
※動画の視聴はこちらです:https://podcastqr.joqr.co.jp/programs/golden_main/episodes/9874c573-0d7f-443b-a393-aaf312367083
※関連記事のご紹介はこちらです:
※記事より部分抜粋です:
泉「結局 弟は なんとか まぁ歩けるようになり、まあ歩けるといってもよちよちですから運動会でとても一緒に走れる状況でなかったので、家族も無理だと言ったんですけど、弟は言うこと聞かずに「みんなと同じように運動会に参加したい」と言い張って、形だけ出たんです。弟はどうしても出たかったと思います。でも私は家族として周りに迷惑がかかるとか、みっともないからっていうことで、「やめといたら?」と言ってました。それでヨーイドンとなったら、当然走れなかったんですけど、みんながゴールした後に、ポツンと1人、まだよちよち歩きの状況でしたけど、本当に嬉しそうな顔をして走っているというか歩いてる姿を見て、どうして自分は弟を応援して頑張れと言えなかったのか、どうしてみっともないからやめとけと言ったのかと思って、本当にあの時のことをよく覚えています。」
大竹「みんながゴールしている時に、弟さんはまだスタートから10mぐらいのところを走っていたそうですね。」
泉「結局、本人の幸せって本人が決めると思うんですよ。
障害があるから無理とか、障害があるから見てるだけで十分だってのは周りの判断であって、当の本人は一番遅かろうが、みんなに笑われようが、運動会で走りたいという方が多分強かったと思うので、あの時の笑顔を見た時に、分かっているつもりだったのに分かってなかったなと。兄弟であるのに自分は弟のことを分かっていなかったということを痛感して。
そこは私の政治姿勢に繋がっていて、本人の幸せを決めるのは本人で、誰かが他人さんの幸せを決めることはできないんであって、子どもの幸せは子どもが決めるし、障害があるものの幸せは障害があるものが決めるんであって、それの環境整備というか、選択肢を増やすのが周りの役割だという感じのスタンスですね。」
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